アニス・デ・ラ・アストゥリアーナの広告を描いた画家「Nike」
「Nike」は、画家で素描の教授だったエンリケ・ヒル・ゲラ(マドリード、1912–1996)の筆名である。この署名で約50年にわたり広告代理店イホス・デ・バレリアーノ・ペレスの仕事を手がけ、ABC紙が1950年から1998年まで裏表紙に掲載したアニス・デ・ラ・アストゥリアーナの広告を描いた。
「Nike」とは誰か
エンリケ・ヒル・ゲラはサン・フェルナンド美術学校でソローリャの弟子マヌエル・ベネディトに学び、1982年までマドリードの工芸学校で素描を教えた。内戦後、マドリードのバレリアーノ・ペレス(のちのイホス・デ・バレリアーノ・ペレス)の広告を手がけ、「Nike」、ときに「Nique」または本名で署名した(王立歴史アカデミー、Wikidata)。
アニス・デ・ラ・アストゥリアーナの広告はどれほど続いたか
アストゥリアーナの女性像を使った広告で確認できる最初のものは、1944年11月12日の雑誌『FOTOS』(第8年、第402号)に掲載された。1950年からはABC紙の裏表紙に年5〜6回掲載され、画家の没後2年を経た1998年まで続いた(広告資料センター)。
アニス・デ・ラ・アストゥリアーナの作品は何点残っているか
アーカイブには同ブランドの作品が117点ある。遺族が保管する原画が103点、Facebookグループ「Hijos de Valeriano Pérez」で確認されたものが14点である。「Nike」の署名があるのは97点、1950年代の作品は98点。新聞広告用のグワッシュやインク画、ポスター、型抜きの店頭ディスプレイがある。ほぼすべてに「Su presencia siempre agrada」(その存在はいつも喜ばれる)の標語があり、多くにアストゥリアスの民族衣装の女性が描かれている。
ほかにどのブランドの広告を描いたか
アーカイブには40ブランドの作品が計213点ある。アニス・デ・ラ・アストゥリアーナに次いで点数の多いブランドは次のとおり。
- Coñac Peinado(9点)
- Purgante YER(8点)
- Tablesan Seltz(7点)
- Philips(6点)
- Coñac Casajuana(5点)
- Coty(5点)
広告作品の受賞歴
王立歴史アカデミーによれば、次のとおり。
- 1950年、ヘレスの第3回ぶどう収穫祭ポスターコンクールで一等賞(収穫祭ポスターの研究)。1951年にも一等賞。
- 1951年、プエブロ紙の第3回全国広告展で三等賞。
- 1953年、第1回国際工芸展で名誉メダル。
作品はどこで見られるか
すべての作品は、転写と出典とともに本サイトの広告アーカイブで見られる。広告資料センターは「Nike」の署名があるアニス・デ・ラ・アストゥリアーナのポスター2点(1959年、1965年)を所蔵し、ディアリオ・デ・ヘレス紙は第10回ぶどう収穫祭の彼のポスター(1957年)を紹介している。